資料と伝来
ベルリンに集まった楽譜
この曲の楽譜は、ベルリンに伝わるツァッハウの教会音楽の総譜9冊のうちの1冊である。現存する総譜の約3分の2はベルリンにあり、もとはゲオルク・エースターライヒ、ハインリヒ・ボーケマイヤー、ゲオルク・ペルヒャウの楽譜コレクションに属していた。これらの小冊子は1842〜1858年、図書館の音楽部長S. W. デーンのもとで、ほかの作曲家の楽譜と一緒に合本された。この曲の総譜は、ベンダ、ドーレス、ファッシュ、ヒラー、ペルゴレージ、テレマンらの作品と同じ冊子に綴じられている。
ベルリンの楽譜の書き手として特定されているのは、エースターライヒ、ツァッハウ本人、そして若きヘンデルである。弟子が師の楽譜を書き写していたことになる。作曲者名はどの楽譜にも完全な形で記され、綴りはすべて「Zachau」。18世紀の印刷物ではZachauとZachowの両方の綴りが使われ、イタリア風に「Signore Zachau」と記されることもあった。
この曲の筆写譜
この曲の筆写譜は、一人の書き手が美しい筆致で入念に仕上げた総譜である。表紙も曲の見出しもなく、冒頭中央に「J. N. J.(Jesu Nomine Juva=イエスの御名において)」、末尾に「Soli Deo Gloria(ただ神にのみ栄光)」と記されている。バッハも楽譜の冒頭と末尾に「J. J.」「S. D. G.」と書き込んだが、同じ祈りの書き込みがすでにここにある。
「J. N. J.」の横に「Zachau」と作曲者名があり、「Autogr. Zachau(自筆)」と「Festo Ascension. Xsti(キリスト昇天祭)」は、後の時代に別人が書き加えたものだ。主要な楽章ごとに編成とテンポが書かれ、通奏低音にはすべて数字が付されている。2本のクラリーノは合唱「Gott fähret auf」で初めて加わり、室内楽ピッチ(カンマートーン)のハ長調で記されている。
Stadnitschenkoによれば、この総譜は失われた古い原本から、後でパート譜を作る前提で清書されたものである。保存用ではなく、実際の演奏に使うための楽譜だった。筆跡はマニフィカト《Meine Seel’ erhebt den Herren》(TV 18、Mus. ms. 30199 g)と同一で、ベルリンの資料の中で写し間違いが最も少ない。ツァッハウの自筆である可能性もあるが、比較資料がなく確定していない。
一度は「偽作」とされた曲
19世紀のヘンデル研究の大家フリードリヒ・クリュザンダーが知っていたツァッハウのカンタータは5曲だけだった。しかも彼は、この曲とマニフィカトTV 18を「真作ではない」と見なして検討から外し、残りの作品を「芸がない」「長いカンタータにフーガが一つもない」と酷評した。この曲がツァッハウの作品として正当に扱われるようになったのは、1905年にマックス・ザイフェルトが『ドイツ音楽の記念碑』でカンタータを出版してからである。
作曲者ツァッハウについて
ツァッハウは、バッハ以前の中部ドイツを代表する教会音楽家である。1663年11月13日にライプツィヒで生まれ、翌日聖ニコライ教会で洗礼を受けた。1684年、21歳でハレ聖母教会(マルクト教会)のオルガニスト兼町の音楽監督となり、1712年8月7日に48歳で亡くなるまで28年間その職にあった。肖像は一枚も残っておらず、墓所も分かっていない。ヘンデルの最初の師であり、死後の後任には若きバッハが選ばれた。バッハは辞退し、弟子のゴットフリート・キルヒホフが継いでいる。
母方の祖父ゴットフリート・マウネはハレの高音トランペットの名手で、ツァッハウのクラリーノ書法はこの家系を引く。声楽作品は216曲以上と推定されるが、楽譜が残るのは33曲だけである。北ドイツ、南ドイツ、イタリア、フランスの様式が一つに流れ込んでおり、Stadnitschenkoは、カンタータの分野ではブクステフーデよりもバッハに近いと見ている。
作品解説
このカンタータの主題は、「天に昇って行かれるイエスは、それでも私たちと共にいる」という逆説である。冒頭の合唱に置かれたのは、昇天祭の福音書日課(マルコ16章)ではなく、マタイ福音書の結びの言葉「見よ、わたしは世の終わりまで、日々いつもあなたがたと共にいる」(28:20)だ。去って行く方の最後の約束が、祝祭の出発点となっている。
自由詩の前半(第3・4曲)は、この約束を一人ひとりの信頼へと引き寄せる。アルトは「行きたまえ、それでも私は恐れない」と歌い、テノールは「私はその体の一部だから」とその根拠を語る。昇天したキリストを教会の頭とし、教会をその体とするエフェソ書1章の思想が、ここに響いている。
後半は一転して、天上の凱旋の場面となる。第5曲の「幾千の天使がきらめく車」と「捕らわれ人を捕らえて引き連れる」は、いずれも詩編68編(18–19節)に由来し、後者はエフェソ書4:8でキリストの昇天と結びつけられた言葉である。第6曲は詩編47編「神は歓呼のうちに昇り、主はラッパの響きのうちに昇られる」をそのまま歌い、ここで初めて2本のクラリーノ(高音トランペット)が加わる。
第7曲のバス・アリアは、第1節で天の門が開いて王を迎える喜びを描き、第2節で「魂たちよ、あなたがたも主の後に続け」と聴き手に呼びかける。天の出来事が、地上の私たちの歩みへと折り返される。最後はザッハーの昇天歌(1661年)第1節で、会衆の歌として全体が閉じられる。
調の設計も明快である。イ短調のソナタと合唱で始まり、ハ長調のアリアとアリオーソ、クラリーノの入るハ長調の合唱で光を増し、イ短調のバス・アリアとコラールに戻る。コラールの終止はテノールの嬰ハ音によってイ長調の和音となり(ピカルディの3度)、短調の枠組みの最後に明るい響きが差し込む。