《鳴り響け、汝らの歌声》
用途:聖霊降臨節第1日
初演:1714年5月20日、ヴァイマル(再演:1717年以降? 1724年5月28日。1731年5月13日。1731年以降)
福音書:ヨハネ14, 23-31(聖霊と降臨と別れへの預言)
歌詞:S.フランク作(?)。第2曲;ヨハネ14, 23。第6曲;Ph. ニコライのコラール「輝く曙の明星のいと美しきかな」(1599)第4節(定旋律=BWV436)。
編成:SATB, 合唱; Tp3, Timp, Ob, Vn1, Vn2, Va1, Va2, Fg, bc.
基本資料:オリジナル・パート譜=SBB
演奏時間:約17分
【出典】
磯山雅・小林義武・鳴海史生 編著『バッハ事典(DAS BACH LEXIKON)』東京書籍、1996年。
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IMSLP : BWV 172
目次(全7曲)
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1. 合唱(Coro)
“Erschallet, ihr Lieder”
2. レチタティーヴォ(バス)
“Wer mich liebet,”
3. アリア(バス)
“Heiligste Dreieinigkeit,”
4. アリア(テノール)
“O Seelenparadies,”
5. アリア(デュエット ソプラノ・アルト)
“Komm, laß mich nicht länger warten,”
6. コラール
“Von Gott kömmt mir ein Freudenschein,”
全体の解説
カンタータ《Erschallet, ihr Lieder》「鳴り響け、汝らの歌声」BWV 172 は聖霊降臨祭(ペンテコステ)のための作品で、1714年5月20日にヴァイマルで初演されました。
したがって本作は、バッハがヴァイマル宮廷でコンツェルトマイスター(楽長)に昇進し、「毎月新作を提出する」という職務上の要請を果たすために書いた、初期の作品群に属することになります。
作詞者は、ヴァイマルの上級教会会議書記サロモ・フランク(1659–1725)とされています。
このカンタータはバッハのお気に入りの作品の一つだったらしく、
後年、ケーテンやライプツィヒでも
(ライプツィヒでは第1年巻のカンタータ・サイクルに組み込まれ)
繰り返し演奏されました。
もっとも、原総譜の散逸と上演回数の多さのため、
各地の条件に合わせた改変が必要になり、
異なる調での代替声部・追加声部の書き込みが行われた結果、
資料状況はかなり複雑になっています。
現存資料(原編成の痕跡)から判断すると、
少なくとも4種類の上演段階が想定でき、
その一部はハ長調、一部はニ長調で伝わっています。
音楽的理由から見て、
第1・第3・第4曲が世俗の祝祭カンタータに由来する可能性も
否定はできません。
ヴァイマルでは1714年、ハ長調で演奏されました。

後にファゴットとチェロのために
新たに作られた2つの声部(筆者不明の写譜)からは、
1717〜1723年の間にケーテンで上演された可能性(あるいは資料が貸し出され、
他所で演奏された可能性)がうかがえます。

最古層の版では、
歌唱声部・第2ヴァイオリン・通奏低音・木管の声部が失われているため、
ヴァイマル初期稿の楽譜を今日、
細部に至るまで復元することはできません。
1724年の聖霊降臨祭日曜日(5月28日)に本作は
ライプツィヒで初めて演奏されましたが、
この際、ヴァイマルとライプツィヒで基準ピッチが異なっていたため、
その差を調整する目的で新しい声部がニ長調で整えられました。
さらに、1731年の聖霊降臨祭日曜日
(午前:聖ニコライ教会、午後:聖トーマス教会)
の上演に際して、
バッハはヴァイマル由来の素材に補筆を加えたと考えられています。

おそらく当時の主要写譜師ヨハン・ルートヴィヒ・クレープスは、
現在は失われた原総譜を参照できたのだろうと思われます。
というのも、パート譜には(ニ長調からの“書き直し”で生じがちな)
目立つ写譜ミスが見られないからです。
バッハ自身が自筆で書いたのは
第5曲の「無題の」オブリガート声部のみで、
これは当初、移調楽器(オーボエ・ダモーレ等)のために
意図されていた可能性がありますし、
あるいは旋律を補強(装飾)するために
追加したのかもしれません。

なお、日付は特定できませんが、
別のライプツィヒ上演を示す追加の自筆声部があり、
そこでは第5曲の2つのオブリガート声部が
オルガンに割り当てられています。

本作は18世紀、
ライプツィヒだけで演奏されたのではありません。
ライプツィヒの楽譜商ブライトコプフは1761年以降、
手書き写譜の販売を行っており、
たとえば、バッハの弟子ヨハン・フィリップ・キルンベルガーによって、
プロイセン王女アマーリエの音楽コレクションのために提供されました。
ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハが1750〜1764年の間に
ハレでこのカンタータを演奏したことも確認されています。
ハ長調の上演資料はその後、
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの所蔵となり、
1780年代後半には、彼の主要写譜師ヨハン・ハインリヒ・ミヒェルが
作成した総譜写しの底本として用いられました。
さらに19世紀初頭には、
カール・フリードリヒ・ツェルター率いるベルリン・ジングアカデミーで
研究されていたことも、資料から裏づけられます。
《Erschallet, ihr Lieder》BWV 172 の最も際立った特徴は、
トランペットの独立した役割です。
トランペットは当時の慣例どおり冒頭合唱で活躍するだけでなく、
バス・アリア「Heiligste Dreieinigkeit(聖なる三位一体)」でも用いられました。
バッハ作品の中でも特異なのは、
ここでトランペット3本とティンパニ + 通奏低音
のアリアがある点です。

このアリアの前には、
当日の福音書(ヨハネ14:23)を引くアリオーソが置かれます。
「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る」というイエスの言葉は、
神の愛を約束するものとしてアリオーソに作曲され、
バス独唱は“Vox Christi(キリストの声)”を象徴します。
続くテノール・アリアは、
上からの聖霊の息吹きを描き、
歌声と通奏低音に、
上声部の弦がユニゾンで伴奏します。
このイメージは次のソプラノとアルトの二重唱にも引き継がれますが、
ここはきわめて精巧な構成で、
2声の声楽ソロと器楽オブリガート、通奏低音の計4つの声部が
緊密な四重奏を形づくります。
器楽オブリガートには、
聖霊降臨祭のコラール《Komm, Heiliger Geist, Herre Gott》
の旋律が使われており、
華麗に装飾された音形となっています。
残念ながら、
この楽章の唯一の現存資料である自筆声部には楽器名が記されていません。
独奏ヴァイオリンの可能性もありますが、
第1ヴァイオリン声部に明確な“tacet(休み)”の指示があること、
音域(c¹–f²)や奏法上の特徴から、
むしろオーボエが想定されると考えられます。
現存する最後の上演形態では、
バッハはこれら2つのオブリガート声部(チェロ、オーボエ?)を
オルガンに割り当てました。
続くコラールは、
フィリップ・ニコライのよく知られた賛歌
「Wie schön leuchtet der Morgenstern(いかに麗しく明けの明星は輝き)」の第4節に基づきますが、
ヴァイマル時代のカンタータにしばしば見られるように
五声で書かれ、
第1ヴァイオリンが(独奏的に)オブリガートを担い、
他の楽器は、歌の旋律を補強します。
上演によっては、
冒頭合唱を終曲としてもう一度繰り返したこともあり、
その痕跡は原声部の注記に見て取れます。
制作ノート
本公演では ハ長調版(A=415Hz)を採用します。
バッハがライプツィヒで最終的に整えた形です。
1731年5月13日の上演に際して印刷された台本から、
冒頭合唱は繰り返されなかったことが明確に分かるため、
本公演でもコラールで終結することとします。
実務上の唯一の問題は第5曲の編成です。
バッハが最終的に採用した(1731年以降)
「オルガン・オブリガート付き」
の形については証拠が明確です。
また、1731年5月の上演時では、
器楽オブリガート(チェロとオーボエ?)が採用されたと考えられ、
その場合に、オルガンによる通奏低音が
加えられていたのかは不明です。
ソースに基づくアスペクトと、
音楽家の嗅覚で、
今回の公演にあたり、
オルガンは通奏低音(右手で和音を補強)で奏することを選択しました。
弊団の所有する木管の温かい響きのオルガンによる通奏低音は、
和声の色彩感と充実した響きをもたらし、
むしろ、曲にプラスとなるアフェクトをもたらすと判断しました。
これが仮に、
金管パイプの力強いポジティフオルガン、
もしくは、大オルガンであれば、
「オルガン・オブリガート付き」を採用したでしょう。
この曲の持つ4声の自由フーガ的な構造は、
オルガンの通奏低音を省く意図があったようにも
思えるからです。
そして、肝心なオブリガートパートの楽器選択については、
ヴィオラで奏する事といたします。
もちろんオーボエでの演奏も考えましたが、
ハ長調版では、オーボエの最低音を下回る箇所があり、
さらに、私がオルガンで旋律を弾いてみた感触では、
滑らかに音を紡ぐことができ、
さらに、細かい装飾音の表情まで自在に表現することが可能な
弦楽器がマッチすると思いました。
1. 合唱(Coro)
“Erschallet, ihr Lieder”
歌詞
Erschallet, ihr Lieder, erklinget, ihr Saiten!
O seligste Zeiten!
Gott will sich die Seelen zu Tempeln bereiten.
歌よ、響きわたれ。弦よ、鳴りひびけ。
ああ、この上なく祝福された時よ。
神はご自身のために、私たちの魂を神殿として整えようとなさる。
楽曲の分析
1曲目(冒頭合唱)は「神の降臨(=聖霊の到来)」を祝います。
「歌よ響け、弦よ鳴れ」のモチーフによる
祝祭のファンファーレ をトランペットが先導します。

「O seligste Zeiten! ああ、この上なく祝福された時よ。」は、
いまこそが、祝福された時である、という宣言です。
曲全体を通してホモフォニックな印象を持ち、
協奏曲で言うところのTutti の構造ではありますが、
このテクストの直前には、対位法的なセクションが置かれ、
いきなり和声的な部分(属7の和音)が現れる構造は、
Noema の効果であると思います。

A-B-A のダ・カーポ 構造ですが、
Bパートの
「Gott will sich die Seelen zu Tempeln bereiten
神は私たちの魂を神殿として整え、そこに住まおうとなさる」
は、神が来ることを喜ぶだけではなく、
神が人の内に住まわれる事を祝います。
聖霊降臨祭では、
聖霊の来臨 = 神の臨在が教会 / 信徒に宿ること
への賛美となる点が特徴です。
音楽も Palilogia、つまりは階梯導入の対位法的なセクションとなり、
Aパートと対照的な曲想となっています。

「bereiten 〜の準備をする」の語は、
ゼクエンツを伴う長いメリスマが印象的です。

2. レチタティーヴォ(バス)
“Wer mich liebet,”
歌詞
Wer mich liebet, der wird mein Wort halten, und mein Vater wird ihn lieben, und wir werden zu ihm kommen und Wohnung bei ihm machen.
(John 14:23)
わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。
そして、わたしの父はその人を愛し、
わたしたちはその人のもとに来て、その人のうちに住まいを定める。
(ヨハネによる福音書14章23節)
ヨハネによる福音書14章23節は、
「最後の晩餐の席での長い別れの話」(ヨハネ13〜17章)の
中心にあります。
全体の流れ(最後の晩餐〜告別説教)
① 13章:別れが始まる(不安の導入)
足を洗う(13:1–20)
イエスは「仕える者として」弟子を清め、共同体の姿を示す。
裏切りの予告(13:21–30)
ユダが出ていく。場が一気に重くなる。
新しい戒め(13:34–35)
「互いに愛し合いなさい」。これが“弟子のしるし”。
ペトロの否認予告(13:36–38)
弟子たちの心は不安と動揺のピークへ。
→ ここで弟子たちは「先生がいなくなる? どうなるの?」と不安に駆られます。
② 14章:不安への答え(“どうやって一緒にいるのか”)
「心を騒がせるな」(14:1)
まず不安を受け止める。
「わたしは道・真理・命」(14:6)
これから何を頼りに進むかを提示。
「父を示してください」(14:8)
フィリポの願い=“神を見せてほしい”。
イエスの返答(14:9–11)
「わたしを見た者は父を見た」
ただし、これからイエスは見える形でいつも一緒にいられない。
ここで問題が出ます:
「イエスが去ったあと、神はどうやって弟子たちと共にいるのか?」
14:15–17(直前)
「わたしを愛するなら、わたしの戒めを守る」
そして “別の助け主”(聖霊) が与えられる
その霊は「あなたがたと共におり、あなたがたのうちにいる」
→ 「外的な支援」ではなく 内側に宿る 方向が示される。
14:18–21
「あなたがたをみなしごにはしない」
「わたしは生きる。あなたがたも生きる」
「わたしを愛する者には、わたしもその人を愛し、自分を現す」
14:22
弟子(ユダ=イスカリオテではない)が聞きます:
「なぜ私たちには現して、世には現さないのですか?」
→「神なら、世の前でドーンと姿を見せればいいのに」と質問します。
そして 14:23(答え)
「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。
父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、
その人のうちに住まいをつくる。」
ここでイエスは、質問の前提をひっくり返します。
弟子のイメージ
神の現れ=外側で見える出来事(世の前で顕現)
イエスの答え
神の現れ=内側に住む出来事(心の中に“住まい”を作る)
だから「世に現さない」のではなく、
現れ方が違う、ということを説きます。
神が“訪問”するではなく、“同居”するという考えです。
楽曲の分析
バス独唱は“Vox Christi(キリストの声)”を象徴します。
「わたしを愛する者は、わたしの言葉を守る」
というイエスの言葉は、神の愛を約束するものです。

途中からアリオーソになります。
特に「machen 定める」の装飾は特筆すべきものがあり、
5小節から7小節にかけては、長く引き延ばされ、
最終音では Hypobole 、つまりは特別に低い音が歌われます。
神は、あなたの内に住むことで最も深く現れる”
という innig なアフェクトは、
6,7小節の通奏低音の下降する音形にも現れています。

3. アリア(バス)
“Heiligste Dreieinigkeit,”
歌詞
Heiligste Dreieinigkeit,
Großer Gott der Ehren,
Komm doch in der Gnadenzeit
Bei uns einzukehren,
Komm doch in die Herzenshütten,
Sind sie gleich gering und klein,
Komm und laß dich doch erbitten,
Komm und kehre / ziehe / bei uns ein!
いと聖なる三位一体よ、
栄光の大いなる神よ、
恵みのこの時に、
私たちのもとに来て、お宿りください。
心の小さな庵へお入りください、
それが卑しく小さいものであっても。
どうか、私たちの願いをお聞き入れください。
来て、私たちのうちに住みたまえ。
楽曲の分析
3曲目(バス・アリア)
「Heiligste Dreieinigkeit(いと聖なる三位一体)」は、
2曲目(ヨハネ14:23)で“神が来て住まう”と約束されたことへの、
信徒側の応答 = 招きになっています。
金管楽器をオブリガートとする豪快なアリアです。
1) 何を「招いて」いるのか
「恵みの時に(Gnadenzeit)来て、私たちのもとにお宿りください」
「心の小さな庵(Herzenshütten)に来てください。たとえ卑しく小さくても」
つまり、ペンテコステ(聖霊降臨)を
“外からの出来事”ではなく、“私たちの内に神が住む出来事”
として受け取り、
その臨在を「どうぞ来てください」と
具体的に迎え入れる祈りです。
2) なぜ「三位一体」なのか(2曲目とのつながり)
イエスを愛する者に、
父が愛し
父と子が来て
その人のうちに住まいを定める
ここにすでに「父」と「子」が出ていて、
しかもこの文脈全体(ヨハネ14章)は
「助け主=聖霊」が約束される場面でもあります。
なので3曲目は、
父・子・聖霊がそろって“私たちの内に住む” という出来事を、
まとめて「三位一体よ来てください」と呼びかけます。
3) 歌詞の言い方が謙虚であること
この曲は神を招きながらも、場所は壮大な神殿ではなく
「Herzenshütten(心の粗末な小屋)」と言います。
ここがペンテコステの大事な思想で、
神は人間の立派さに招かれて来るのではなく、
恵みによって “宿ってくださる”、
ということを強調します。
4) トランペット3本 = 三位一体
このアリアは編成がかなり特徴的で、
トランペット3本 = 三位一体 に
ティンパニ+通奏低音 の器楽
バスのソロ という構造になっています。
トランペット/ティンパニ=神の栄光・威厳・祝祭性(上から来るもの)
バス+通奏低音=地にいる私たちの祈り(招き)
を表します。
テーマとなる音形は下降する分散和音で、
父と子と聖霊を地上に招く様子が表現されています。


トランペット 1 の華麗な16分音符の音形は、
Anabasis :高揚した情景や情感を表現する上行音形 となっています。

4. アリア(テノール)
“O Seelenparadies,”
歌詞
O Seelenparadies,
Das Gottes Geist durchwehet,
Der bei der Schöpfung blies,
Der Geist, der nie vergehet;
Auf, auf, bereite dich,
Der Tröster nahet sich.
おお、魂の楽園よ、
神の霊が吹きわたるところよ。
その霊は創造のときに吹き、
決して過ぎ去ることのない霊。
起きよ、起きよ、備えをせよ、
慰め主が近づいておられる。
楽曲の分析
4曲目(テノール・アリア)は
霊が“近づいてくる”のを感じ取り、心を整える 内容です。
神の霊が吹き渡る楽園(パラダイス)の
夢幻的で神秘的な雰囲気が全体を包みます。
1) 「魂の楽園」= 聖霊が吹きわたる場所
O Seelenparadies, / Das Gottes Geist durchwehet
おお、魂の楽園よ、神の霊が吹きわたるところよ
“楽園” は、信徒の心・魂(内側)を表し、
聖霊の風が通り抜ける園 として描きます。
2) 「創造のときに吹いた霊」= 生命を与える息
Der bei der Schöpfung blies
それは創造のときに吹いた霊
これは「神の息・霊が生命を起こす」という
聖書の 創造=いのちの始まり を踏まえています。
ペンテコステの聖霊も、
新しい命・新しい創造を起こす神の働きだ、
という思想を含みます。
3) 「決して過ぎ去らない霊」= 一時的な高揚ではない
Der Geist, der nie vergehet
決して過ぎ去ることのない霊
聖霊降臨は「その場だけの祝祭」ではなく、
住み続ける臨在 として受け取らせる言葉です。
4) 「備えよ、慰め主が近い」= 来臨は“迎える”出来事
Auf, auf, bereite dich, / Der Tröster nahet sich.
起きよ、備えよ、慰め主が近づく
“Tröster(慰め主)”は、
ヨハネ14章で約束される 助け主(聖霊) を指す呼び名です。
「もう来る/すでに近い。
だから受け入れる準備をしなさい」と、
喜びを受け取るために、心の庭を整えます。
ヴァイオリンの音域は意図的に低く設定されています。
そして、順次進行の音形がほとんどで、
霊が漂い、穏やかな風が吹く様子が想像されます。
下降音形 Catabasis(本来は、否定的な情景や情感も含むが、ここではそれは当てはまりません)は、
霊が地上に降りてきて、
いよいよ、我々に接近する様子を表しています。

「auf 起きよ」の部分では、
Epizeuxis:「言葉と語句」の即座の強調的反復
のアフェクトが用いられます。

5. アリア(デュエット ソプラノ・アルト)
“Komm, laß mich nicht länger warten,”
歌詞
Komm, laß mich nicht länger warten,
Komm, du sanfter Himmelswind,
Wehe durch den Herzensgarten!
– Ich erquicke dich, mein Kind. –
Liebste Liebe, die so süße,
Aller Wollust Überfluß,
Ich vergeh, wenn ich dich misse.
– Nimm von mir den Gnadenkuß. –
Sei im Glauben mir willkommen,
Höchste Liebe, komm herein!
Du hast mir das Herz genommen.
– Ich bin dein, und du bist mein! –
S(魂)
来て、もうこれ以上わたしを待たせないでください、
来て、やさしい天の風よ、
わたしの心の園を吹き抜けてください。
A(聖霊)
―わが子よ、わたしがあなたを憩わせよう。―
S(魂)
いとしい愛よ、なんと甘美なお方、
あらゆる喜びの満ちあふれる源よ、
あなたを失えば、わたしは消え入ってしまいます。
A(聖霊)
―わたしから恵みの口づけを受けなさい。―
S(魂)
信仰のうちに、あなたをお迎えします、
至高の愛よ、どうか中へお入りください。
あなたはわたしの心を奪われました。
A(聖霊)
―わたしはあなたのもの、あなたはわたしのもの!―
Instrumental Chorale :
Komm, Heiliger Geist, Herre Gott,
Erfüll mit deiner Gnaden Gut
Deiner Gläubigen Herz, Mut und Sinn.
Dein brünstig Lieb entzünd in ihn’n.
O Herr, durch deines Lichtes Glanz
Zu dem Glauben versammlet hast
Das Volk aus aller Welt Zungen;
Das sei dir, Herr, zu Lob gesungen.
Alleluja, alleluja.
(“Komm, Heiliger Geist,” verse 1)
器楽コラール
来たれ、聖霊よ、主なる神よ、
あなたの恵みの賜物をもって、
あなたを信じる者らの心と勇気と思いを満たしてください。
あなたの燃える愛を、彼らのうちに燃え立たせてください。
主よ、あなたは御光の輝きによって、
全世界のあらゆる言葉の民を
信仰へと集められました。
このことが、主よ、あなたへの賛美として歌われますように。
ハレルヤ、ハレルヤ。
楽曲の分析
内に“住む” へ変わる瞬間を親密な言葉で描く、
愛のデュエット です。
1) だれとだれの対話?
S(魂)=信徒の内面(渇き、待ち望む、恋慕)
A(聖霊)=来臨して慰め、満たす側
2) 何が“親密”なのか
魂の願い(S)
「もう待てない」
「心の園を吹き抜けて」
「あなたがいないと消え入る」
聖霊の応答(A)
「わたしが憩わせよう、わが子よ」(慰め主の声)
「恵みの口づけを受けなさい」
最後の
「Ich bin dein, und du bist mein(わたしはあなたのもの、あなたはわたしのもの)」
の語句によって、
“内住”が完成します。
3) 器楽コラールの存在
魂と聖霊の対話が進むと同時に、
「来たれ聖霊よ、主なる神よ」のコラール(教会の祈り)が響きます。
これは、魂と聖霊の対話という
個人的なやりとりだけではなく、
教会全体の祈り(公の信仰)なのである、
という大義を伝えます。
シュヴァイツァーが言う
「a motif of purified happiness 浄化された幸いのモチーフ」
によって曲が始まります。
これは、バッハの音楽にしばしば現れる
特定の伴奏型(とくに通奏低音の反復音型=オスティナート的な型)
を指します。
穏やかなモチーフが通奏低音で奏されることにより、
安心・落ち着きのある音楽の土台が完成します。

器楽のコラール旋律の装飾は、
マッテゾンのいう circolo mezzo や groppo という
半円を紡いでいくようなフィグーレが目立ちます。

2声のソロは対話的(対位法的)な書法が
曲のほとんどを占めるなかで、
20,21 小節だけ、パラレルな動きでシンクロします。

6. コラール
“Von Gott kömmt mir ein Freudenschein,”
歌詞
Von Gott kömmt mir ein Freudenschein,
Wenn du mit deinen Äugelein,
Mich freundlich tust anblicken.
O Herr Jesu, mein trautes Gut,
Dein Wort, dein Geist, dein Leib und Blut
Mich innerlich erquicken.
Nimm mich
Freundlich
In dein Arme, daß ich warme werd von Gnaden:
Auf dein Wort komm ich geladen.
(“Wie schön leuchtet der Morgenstern,” verse 4)
神から喜びの光がわたしに差し込む、
あなたがそのまなざしをもって
やさしくわたしを見つめてくださるとき。
おお主イエスよ、わたしのいとしい宝、
あなたの御言葉、御霊、御体と御血が
わたしを内より生き返らせてくださる。
わたしを
やさしく
あなたの御腕に抱いてください、恵みによって温められるために。
あなたの御言葉に招かれて、わたしは来ます。
(「暁の星のいと美しきかな」第4節)
楽曲の分析
「暁の星のいと美しきかな」(独:Wie schön leuchtet der Morgenstern)は、
ルター派で特に愛されてきた有名なコラールで、
フィリップ・ニコライ(Philipp Nicolai, 1556–1608)が詞も旋律も作り、
1599年に出版したものです。
全7節からなる長い賛歌で、
各節の頭文字がある人物名を示す
アクロスティックになっていることも知られています。
このコラールでは
“神の恵みによって内側が温められ、生かされる”
という心情が中心に置かれます。
神の内住の恵みが
“体温をもって感じられ”
安寧への確信とともに、曲は穏やかに結ばれます。
ヴァイオリン Ⅰ の独立した声部は、
装飾的かつ流麗な旋律美を備えていて、
表面的な派手さではなく、
内面の温かさと充実感を讃えます。

「Nimm mich Freundlich わたしをやさしく抱いて(包んで)ください」は、
ミニマ minima の音価に統一されて、
一時的に和声的に歌われる noema のアフェクトが当てはまります。
