カンタータ《Aus der Tiefen rufe ich, Herr, zu dir(深き淵より、主よ、我は汝に呼ばわる)》BWV 131 は、ヨハン・セバスティアン・バッハがヴァイマル以前に作曲したとされるわずかな作品のひとつであり、その作曲年が確定している作品です。オリジナルの自筆スコアが現存し、その最後にはバッハ自身の筆跡でこう記されています:
「作詞:Georg Christian Eilmar による。演奏地:Mühlhausen にて。作曲:Joh. Seb. Bach」
このカンタータは詩篇130篇に基づいており(ただし第2曲と第4曲にはバルトロマイス・リングヴァルト(1588)によるコラール《Herr Jesu Christ, du höchstes Gut》から2つの節が挿入されています)、そのため作曲年はバッハがミュールハウゼンのDivi Blasii教会のオルガニストだった1707年7月から1708年6月の間と推測されます。
Georg Christian Eilmar(スコアの最後にバッハが言及)はバッハの上司ではなく、マリエン教会の首席司祭でした。彼と市参事会のJohann Adolf Frohneは、ミュールハウゼンの2つの主要教会で交代で説教していたため、バッハとも近しい関係にあったと推測されます。この作品は、1707年5月29日にミュールハウゼンで発生した火災の後にマリエン教会で行われた悔い改めの礼拝で演奏された可能性がありますが、これを裏付ける確たる証拠は見つかっていません。
スコアはアメリカに現存しており、紙のサイズは32.5×20.5cm、表紙には(不正確なラテン語で)以下のように記されています:
Aus der Tiefen rufe / mich / a / a 2 / 2 Violini / Fagotto / C / 4 Voci / Basso Continuo / di J. S. Bach
オーボエとファゴットは「a-Moll」で、他の声部は「g-Moll」で書かれています。ヴィオラはテノール記号で書かれており、これはバッハが初期の作品に頻繁に用いた書き方と一致しています。透かし模様から、この紙がミュールハウゼンで用いられていたものであることが判明しています。
自筆譜は非常に丁寧に書かれていて、修正が少なく、書き急いだ形跡もないため、浄書用とみなされています。このスコアの後の来歴は明らかではないが、1800年頃に書かれた写し(現在ボン大学に所蔵)により、バッハの息子ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの時代まで存在していたことが確認されています。
ミュールハウゼンの演奏状況について
ミュールハウゼンの音楽環境は多様であり、このカンタータの初演が公式な委嘱であったかどうかは不明ですが、もしそうであれば、ギムナジウムの生徒や町の音楽家が演奏した可能性が高いでしょう。一方で、楽器編成が室内楽的であることから、より小規模な演奏形態(ソリストによる演奏)も想定されると考えます。
実際、曲中にはソリストが適している箇所(第1曲の冒頭や第3曲の情熱的なコロラトゥーラ)もあり、そういった解釈での演奏にも取り組んでみたいです。
構成と楽章分けについて
現代的な楽章分けに従っているが、バッハはこの作品を連続的な流れのある一体の作品として意図していた可能性が高いです。第2曲(コラール)以外のすべての楽章は前後と明確な区切りなしに連続しており、流れるような構成となっています。第3曲を中心にシンメトリック(左右対称)的な構造をとっており、また、作曲に際してはルター派教会音楽の伝統を学ぼうとする姿勢が明白に感じられます。
BWV 131a について
終曲のオルガン版(BWV 131a)は1891年、ナウマンによって出版されていますが、その真贋には依然として疑問が残っているため、現在の版では比較資料として付録に含まれています。
詩篇全体との連関 – 共同体の回心のプロセス
詩篇130篇は、以下のような内面的救済のプロセスを描いています。
個人的悔い改め(1〜2節)→「深き淵より叫ぶ」
罪の告白と赦しへの信頼(3〜4節)→ 「赦しがあなたにある」
待ち望む信仰(5〜6節)→ 「主を待ち望む」
共同体への呼びかけ(イスラエル)(7〜8節)→ 「イスラエルよ、主を待て」
ルター派教会音楽の伝統
ルター派教会音楽は、宗教改革者マルティン・ルターの思想に基づき、16世紀初頭から発展しました。ルターは音楽を礼拝の中心的要素と考え、ドイツ語による**会衆賛美歌(コラール)**の普及に尽力します。
コラール(賛美歌)
信徒が歌えるドイツ語のコラールを重視し、ルター自身も多くの賛美歌を作詞・作曲しました。これらのコラールは、礼拝の中心的存在となり、教会音楽の要として定着します。
オルガン音楽
コラール旋律を装飾・発展させたオルガン曲が多く書かれ、礼拝に彩りを添えました。
オルガニストにとっての重要なレパートリーでもありました。
オルガン音楽の形式例
コラールフーガ:コラール旋律をフーガ形式で展開コラール前奏曲:旋律を装飾して短く演奏コラール幻想曲:旋律を自由に展開・変奏
合唱曲
コラールを基にした合唱曲も多数存在し、礼拝で用いられました。
**コントラファクタ(世俗曲の歌詞を宗教詞に差し替える手法)**や、**コラール・モテット(定旋律を含む対位法的な合唱作品)**といった形式も広がっていきます。
音楽理論
ルター派の音楽理論家たちは「音楽は神の栄光をあらわす手段」と捉え、理論的探究を深めました。
この伝統は、バッハの音楽理論への深い理解と創作に繋がっていきます。
バッハ以前のルター派を代表する作曲家たち
| 作曲家名 | 解説 |
|---|---|
| ヨハン・ヴァルター | ルターの協力者で、最初のドイツ語教会音楽集を出版。 |
| ニコラウス・フォン・アムスドルフ | ルターの友人で、コラールの作曲家としても知られる。 |
| ヨハン・アンブロジウス・バッハ | J.S.バッハの父。音楽一家に生まれ、教会音楽に深く関与。 |
音楽構造と創意工夫
本作では、モテット風の厳格な構成の中に、
オルガン曲の「プレリュードとフーガ」的な形式
定旋律(定まった旋律)を使ったコラール前奏曲
その旋律を装飾するアリアなどが織り込まれています。
バッハはこの作品を通じて、ルター派教会音楽の伝統を理解しながら、すでに創意工夫に満ちた独自の語法を模索し始めていたことがうかがえます。
































