カンタータ《何ゆえ悲しむのか》BWV 107 は、バッハがライプツィヒ着任後二年目に取り組んだコラール・カンタータ年巻の一作です。1724年7月23日、三位一体節後第7主日のためにトーマス教会で初演されました。この主日の福音書はマルコ 8:1–9 —— 四千人の給食の物語 —— であり、神の摂理と信頼という主題が礼拝全体を貫きます。
土台となるのは、ヨハン・ヘールマン(1585–1647)が1630年に著した讃美歌「Was willst du dich betrüben」です。全7節のコラールを、バッハは7楽章にそのまま割り当てています。コラール・カンタータ年巻では通常、冒頭と結尾だけ原文を残し、中間の節はテキスト作者が言い換えてレチタティーヴォやアリアに仕立てますが、本作ではその言い換えが行われていません。現存する同サイクルの作品のなかで、全節を原文のまま用いる唯一の例です。
なぜ例外が生じたかははっきりしません。作曲直前にバッハはケーテンへの演奏旅行でライプツィヒを離れており、テキスト作者との打ち合わせが滞った可能性が指摘されています。いずれにせよ、結果としてバッハは詩節そのものの韻律と語感を、アリア形式のなかでどう響かせるかを真正面から問われることになりました。
構成は、冒頭のコラール・ファンタジアと結尾のコラールに挟まれて、レチタティーヴォ1曲+アリア4曲という特異な並びです。第2曲だけがレチタティーヴォで、第3〜6曲が連続するアリア群 —— いわば「アリアの連作」—— として機能します。各アリアの伴奏編成は弦楽、通奏低音のみ、オーボエ・ダモーレ、フルートと順に変わり、音色の対比が聴き手を導きます。
編成はソプラノ・テノール・バス独唱、四声合唱、そしてコルノ・ダ・カッチャ(外枠楽章でコラール定旋律を補強)、横笛2、オーボエ・ダモーレ2、弦楽、通奏低音です。全体はロ短調を基調とし、演奏時間はおよそ20分。不安に揺れる魂へ向けた「神への信頼」の勧めが、ヘールマンの言葉を通して静かに、しかし確かな手触りで語られます。