“Gott ist mein König” BWV 71

《神はわが王なり》

用途:市参事会員交代式
初演:1708年2月4日、ミュールハウゼン
歌詞:作者不詳。第1曲; 詩篇74, 12。第2曲; サムエル後19, 35および37/J.ヘーレマンのコラール「おお神よ、汝義なる神よ」(1630)第6節(定旋律=BWV399)。第3曲; 申命記33, 25/創世記21, 22。第4曲; 詩篇74, 16-17。第6曲; 詩篇74, 19。
編成:SATB, 合唱; Trp3, timp, rec2, ob2, fg, Vn1, Vn2, Va, bc, org
基本資料:自筆総譜=SBB(facs.: FR9)オリジナル・パート譜=SBB. オリジナル出版譜=SBB. その他。
演奏時間:約18分

【出典】
磯山雅・小林義武・鳴海史生 編著『バッハ事典(DAS BACH LEXIKON)』東京書籍、1996年。

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IMSLP : BWV 71

全体の解説

カンタータ《Gott ist mein König(主はわが王なり)》BWV 71 は、バッハがオルガニストとして仕えていたミュールハウゼンの聖ブラジリウス教会での新市参事会(市議会)の就任式のために作曲されました。この式典は1708年2月4日に開かれました。

新市参事会の就任を祝う音楽は毎年作曲され、また豪華な楽曲のための資金提供も行われていました。《Gott ist mein König》は、非常に豪華な編成で書かれています。標準編成(オーボエ2本、弦楽、通奏低音)に加え、ソリスト4名、リコーダー2本、ファゴット1本、トランペット3本、ティンパニといった編成が用意され、さらに4声の合唱に加え、最大4声の補助声部を付加することができる構造になっています。

バッハが1705年秋にリューベックを訪れ、ブクステフーデが皇帝交代の祝賀の際に用いたような大規模作品を聴いた体験も、この作品に影響を与えた可能性があります。


この作品は、バッハ自身が《祝福を祈る教会モテット》と記したとおり、従来のアリアやレチタティーヴォを持たない古いタイプのカンタータを代表しています。リブレットの作者は不明ですが、旧約聖書の詩句に1節のコラールと2つの自由詩を加えた構成であり、市参事会の活動に祝福と平和、共同体の繁栄を祈る内容となっています。なお、自由詩には「老い」に関する表現も散見され、当時の市長の高齢を暗示している可能性があります。


この作品は他のバッハの初期カンタータと異なり、器楽シンフォニアではなく、冒頭から合唱全体が「Gott ist mein König」(詩篇74:12)というコラールを高らかに歌って始まります。これは和音の塊と自由な対位法で書かれており、冒頭と終結だけでなく、2つの楽器間奏の間にも弦楽伴奏により挿入されます。


第2曲(詩篇19:35, 37)では、バスのアリアとヨハン・ヘルマンのコラール「O Gott, du frommer Gott」(1630年)の第6節が交互に続きます。後者はソプラノで歌われ、きらびやかな装飾が施されており、時折オルガンによるエコー・フィギュアも加わります。


第3曲の四重唱(申命記33:25および創世記21:22)では、バッハは初めて「パーミュテーション・フーガ(主題が常に順序を保ったまま現れる対位法的技法)」を採用しています。通奏低音と通奏声部だけによる演奏で、ソリストのみが歌う「senza ripieni(リピエーニなし)」の指示があります。


第4曲はバスのアリオーソ(詩篇74:16–17)で、中間部はダ・カーポ形式です。第1部分では、木管(リコーダー、オーボエ、ファゴット)が牧歌的な雰囲気を醸し出し、中間部は通奏低音だけの伴奏でテンポと拍子が変わり、「昼と夜」の対比を音楽的に描写する。声部では広い音程跳躍を用いて詩句の内容が表現される。


続くアルトの独唱は自由詩によるもので、「力ある者(mächtige Kraft)」の働きについて歌い、3本のトランペットがファンファーレのように介入します。


第6曲(詩篇74:19)の合唱は、非常に緻密に構成されており、スタッカートの8分音符と8分休符で始まり、ヴィオローネとオルガンが4声合唱を支え、その後通奏低音やチェロの16分音符へと移行します。フルートとオーボエは合間を短くつなぎ、力強いユニゾンで終結します。


最終曲では、合唱が「皇帝ヨーゼフ1世に従属する自由帝国都市ミュールハウゼン」と歌い、成功への感謝を表します。短く対照的なセクションからなっています。


この作品は、自筆譜と印刷譜(バッハ自身による写譜を含む)の双方が現存します。また、1708年の印刷譜も現存しており、テキストとパート譜の両方が残っています。なお、バッハは1709年にも新市参事会のためにカンタータ(BWV Anh. 192)を作曲しましたが、これは現存しておらず会計記録のみでその存在が知られています。1710年の参事会就任式でも「Bach」という作曲家によるカンタータが作られたが、それがヨハン・セバスチャン・バッハなのか、あるいは従兄ヨハン・フリードリヒ・バッハ(1682–1730)なのかは不明です。


1. 合唱
“Gott ist mein König”

Gott ist mein König von Alters her,
der alle Hilfe (Hülfe) tut, so auf Erden geschicht.

神は古よりわが王、
地上で成されるすべての救いを行う方。

📖 聖書出典:詩篇 74:12

詩篇 74:12(口語訳/新共同訳)

原文(ヘブライ語直訳)
“וֵאלֹהִים מַלְכִּי מִקֶּדֶם פֹּעֵל יְשׁוּעֹות בְּקֶרֶב הָאָרֶץ”

口語訳
「しかし神は昔からわが王であり、地のうちに救いのわざを行われました。」

新共同訳
「神よ、あなたは昔から王としておられ、地の上で救いの業を成し遂げて来られました。」


内容の意味と神学的意義

この節は、「神が太古から王として治めておられた」という信仰告白です。特に以下の2点に重点があります:

神の永遠性・超越性
「昔から(ミッケデム)」は、「太初から」「永遠の昔から」とも訳せる言葉で、時間を超越した存在としての神を表現しています。

これは創世記1章の「初めに」や詩篇90:2とも共鳴します。

神の支配と救済の実践
「救いの業を地において行われた」とは、歴史を通じて神が具体的に人々を助け、導いてこられたことを指します。

イスラエルの民にとっては、出エジプトや紅海の分割などの救済行為が想起されます。


文脈:詩篇74篇全体の流れ

詩篇74篇は**「荒廃した聖所を前にした嘆き」**がテーマです。
バビロン捕囚による神殿破壊後の時期に成立したと考えられており、神への訴えと信頼の両面が表現されています。

前半(1–11節):敵によって聖所が破壊されたことへの嘆きと質問

中盤(12節):**「しかし神は我らの王」**という信仰の宣言(転換点)

後半(13節以降):神の過去の救いの業を思い出し、再び行われることを願う

よって 74:12 は、

暗黒の時代の中でも、「神は依然として我らの王であり、救いをなされる方だ」と再確認する信仰告白

という力強いメッセージを持ちます。

楽曲の分析

Tuttiで3回鐘を打ち鳴らすように、C-Dur(ハ長調)の充実した和音が鳴り響きます。これは神の象徴とも言える響きです。

冒頭のトランペットとティンパニのファンファーレは、堂々とした祝祭的な導入となっています。

数字「3」の象徴性

合唱では「Gott(神)」という言葉が3回繰り返され、その後に「Gott ist mein König(神は我が王)」という全体の句が登場します。「3」という数字は、三位一体を象徴しているとも解釈できます。


4小節以降に登場する長2度の反復は書かれたトリルのような効果で喜びを高めることに一役買っています。


「von Alters her(昔からずっと)」の部分は、ソリストによる4声アンサンブルで歌われます。
イタリアのコンチェルタント様式の特徴が濃く反映され、ソリストアンサンブルと全体合唱の2つのセクションに分かれます。それぞれの音楽的なキャッチボールが魅力的です。

ソプラノは定旋律のようにロングトーンで音楽を支えます。

他の3声部は8分音符が主体で、装飾的な役割です。


13小節で冒頭のテーマに回帰しますが、すぐにイ短調へと転調します。15小節のフェルマータ付きの半終止で一区切りがつけられます。


再びソリストアンサンブルが登場し、声部が順番に重なっていく対位法的な構造が展開されます。

・「alle(すべて)」という言葉は長いメリスマで装飾されていて、喜びが広がっていく様子を表現します。

・低い音域から始まり、カデンツに向かって徐々に上行していきます。


25小節でト長調に到達し、音楽的な頂点を迎えます。

「so auf der Erden(地上でも)」という歌詞の「Erden(地上)」は徹底して低い音で歌われます。また、下降音形を用いることで、天から地へと神の働きが注がれるような印象を与えます。

27小節からはバスパートが「G」音の保続低音をもって終止に向かいます。


29小節の中ほどから、冒頭のテーマが戻り、楽曲はA–B–A′形式となります。
36小節の大なカデンツは、曲の終結を予感させますが、トランペット、ティンパニ、弦楽器がもう一度テーマを奏でます。そのバトンはオーボエからリコーダーへと引き継がれ、エコーのように響いて終止します。

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2. アリア(テノール)
“Ich bin nun achtzig Jahr”

Aria

Ich bin nun achtzig Jahr, warum soll dein Knecht 
sich mehr beschweren?
Ich will umkehren, dass ich sterbe in meiner Stadt
bei meines Vaters und meiner Mutter Grab

私はもう80歳。なぜ、あなたの僕(しもべ)は
さらに苦しむ必要がありましょうか。
私は帰りたい。私は自分の地で死にたい。
私の父と母の墓の元で。

Choral

Soll ich auf dieser Welt
Mein Leben höher bringen,
Durch manchen sauren Tritt
Hindurch ins Alter dringen,

So gib Geduld, für Sünd
Und Schanden mich bewahr,
Auf dass ich tragen mag
Mit Ehren graues Haar.

私はこの世界で
歳を積み重ねるべきでしょうか?
辛い歩みを経て
高齢へと向かっていくべきでしょうか? 

辛抱強さを与えてください、
そして罪と辱めから私をお守りください、
私が名誉を持って
白髪になれるように。 

聖書出典:2サムエル記 19:35–37(バルジライの言葉)+ コラール:「O Gott, du frommer Gott」(6節)

1. 2サムエル記 19:35–37(バルジライの言葉)
背景

この場面は、アブシャロムの反乱が収まり、ダビデ王がエルサレムへ帰還しようとしている場面です。
ギレアド人バルジライ(Barzillai)は、王の窮地にあって彼を助けた忠臣のひとりで、王はその功に報いて共に宮殿へ連れて行こうとします。

聖書本文(口語訳)

「わたしは今八十歳で、善と悪との区別がつくでしょうか。しもべはもはや何を食べ何を飲むかを味わうことができるでしょうか。歌う男女の声を聞き分けることができるでしょうか。どうしてこのしもべが、わが主なる王の重荷となるでしょうか。」
(2サムエル記 19:35)

「どうか、しもべを少し帰して、わたしを自分の町に、すなわち、父母の墓のある所へ帰らせてください。」
(19:37)

主題と意味

高齢者の慎みと達観:「善と悪の判断がつかず、食物の味もわからず、音楽の声も楽しめない」──これは肉体的衰えだけでなく、世の楽しみや栄誉を求めない「老年の知恵と静けさ」を語っています。

死と帰郷の準備:「父母の墓へ帰らせてください」は、終の住処を望む老年の姿です。


コラールの音楽的・神学的背景

このコラールは17世紀のピエタス運動に由来し、信仰者が老いと死を恐れず、むしろ神の導きの中で受け入れていく姿勢を示すものです。

バッハがこの詩を引用する際も、死の準備、老年の信仰、霊的成熟をテーマとする場面に使われます。

特に《Ich habe genug》BWV 82 のような「信仰に満ちた老いと死の受容」とも共鳴する内容です。

この節は、

「老い」=衰えではなく、信仰の実りと尊厳である。

というルター派的世界観に立っています。
現世での苦しみを経て、神の前に正しく老いていく…そのために、忍耐と守りを乞う祈りの歌です。

まとめ
内容意味BWV 71 における位置づけ
2サムエル記19章老年の謙遜と達観、死への備え第3曲テノール・アリアに直接引用される
コラール第6節召命の終わりと神への委ねアリアの精神的支柱として共鳴

楽曲の分析

この曲では、バルジライの引退の言葉(サムエル記下19章)をテノールが歌い、それに対してソプラノが装飾的なコラール旋律を重ねる構成になっています。

内容は、長い人生の苦労を経た高齢者の静かな引退と、来る死への備えを思わせるものです。神のもとへの信頼と穏やかな諦念が、音楽的にも美しく表現されています。


beschweren(苦しめる/重くのしかかる)」という語は、長く引き延ばされた旋律で歌われ、その痛みや重さが音楽的に強調されています。「warum(なぜ)」という問いかけは曲中で繰り返し現れ、疑問と苦悩の感情を強く印象づけます。



**21小節の「sauren(酸っぱい)」**は、クロマティック(半音階的)な旋律で表現され、苦悩や顔をしかめるような感情を描き出します。


**30小節からの「sterben(死ぬ)」**は、半音進行によって切なさと痛みをもって歌われます。


オルガンの幻想曲的役割と構成

オブリガート・パートには positiv(小型オルガン)の指定があり、全体はオルガンによるコラール幻想曲のような構成をとっています。オルガンの右手にはオブリガートが書かれ、語りと祈りを彩る存在として重要な役割を果たしています。

曲の後半に向けて、オルガンのオブリガートが次第に細い音符になり、技巧的な(ヴィルトゥオーゾ的)後奏へと発展します。まるで人生の幕引きを飾るかのように、華麗な余韻を残して曲を閉じます。

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3. ソロアンサンブル
“Dein Alter sei wie deine Jugend”

Dein Alter sei wie deine Jugend,
und Gott ist mit dir in allem, das du tust.

あなたの老いは、若き日々のように、
あなたがなすすべてのことに、神は共にあられる。

聖書出典:申命記 33:25、創世記 21:22

申命記 33:25

この節は、モーセがイスラエルの各部族に与えた祝福のひとつで、特にアシェル族への祝福です。
実生活において直面する日々の重荷に対し、神がその都度ふさわしい力と守りを与えてくださるという希望を語っています。

創世記 21:22

この場面は、アブラハムがゲラル地方で長く滞在していた時期のもので、異邦人の支配者が神の祝福を認めて同盟を申し出るという稀なケースです。

つまり、アブラハムの信仰の姿勢と繁栄によって、「神と共に歩む人生」が周囲にも証し(あかし)となるということが語られています。

聖句メッセージBWV 71での役割
申命記 33:25日々に応じた力と守り市の繁栄を支える神の守護の象徴
創世記 21:22神の臨在が明らかになる市民生活への神の祝福と証しの保障

楽曲の分析

この曲は、厳格な対位法によって構成された作品であり、4人のソリストによる精緻な声楽アンサンブルが展開されます。


曲は主に一つの主要テーマを核として進行し、それに加えて以下の4つの補助的要素が組み合わさっています:

1. テーマ「A」

2. テーマ「B」

3. メリスマを用いた装飾的音形

4. 断片的要素


「allem(すべての)」のメリスマとクライマックス

特筆すべきは、「allem(すべての)」の言葉に付された長大なメリスマです。
これは各声部に一度ずつ現れ、約2小節に渡って華やかに歌われます。

特に印象的なのは、32小節の終わりから始まるメリスマの重なりです。
ここでは4声がストレッタ的(追いかけ合いのような緊張感の増す対位法)に重なり合い、曲の終盤に向かってエネルギーを高めていきます。


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4. アリア(バス)
“Tag und Nacht ist dein”

Tag und Nacht ist dein.
Du machest, daß beide, Sonn und Gestirn, ihren gewissen Lauf haben.
Du setzest einem jeglichen Lande seine Grenze.

昼も夜もあなたのもの。
あなたは、太陽と星のどちらにも
確かな進路をお与えになった。
国ごとにその境界を定められました。

聖書出典:詩篇 74:16–17

詩篇74篇とは

詩篇74篇は、**破壊された神殿と国の惨状を嘆く「共同体の嘆きの詩」**です。
バビロン捕囚期やその直後に詠まれたと考えられ、エレミヤ書や列王記の時代背景とも重なります。


16–17節の位置づけと意味

この詩篇の中でも特に16–17節は、嘆きのただ中において、
**「神が今なお天地を支配している」**という信仰を再確認し、
希望を取り戻そうとする信仰告白として重要な転換点をなします。


神学的メッセージと創造の信仰

これらの節を通じて、

神が自然界のリズム(昼夜、四季、境界)を創り出した創造主であること

その支配が今も変わらず続いており、市の繁栄や秩序も神の主権の下にあること

が力強く語られています。

この神の「秩序と支配」のテーマは、BWV 71《Gott ist mein König》全体とも響き合い、
神の王権と統治の象徴的表現となっています。


各節の要点まとめ
内容神学的メッセージ
詩篇 74:16「昼も夜もあなたのもの、あなたは太陽と光を設けられた」昼夜や太陽など時間の支配者としての神を示し、創世記1章の天地創造のモチーフを想起させる。
詩篇 74:17「あなたは地のすべての境を定め、夏と冬をお作りになった」地理的秩序や四季の創造者としての神を称え、自然界と社会の秩序の源が神にあることを強調。

楽曲の分析

この曲は A-B-A’ の三部形式で構成されています。


A:自然界のリズム

曲の冒頭では、オーボエとリコーダーが牧歌的な旋律を奏でます。
これらの旋律はほとんどが順次進行で構成されており、
神が創造した自然界のリズムを象徴しているかのようです。

Wolken(雲)」のように浮遊する音形は、
ゆるやかな時間の流れを表現しているようにも聴こえます。

また、歌詞に登場する

Tag(昼)」は高い音域で
Nacht(夜)」は低い音域で

歌われており、昼夜の対比が音楽的に際立っています。


dein(あなたの)」はもちろん、神を指す言葉です。


B:希望と秩序の回復

23小節からのB部分では、
**「Du machest, あなたはなさる」**という力強い宣言で始まります。

通奏低音が繰り返し奏でる**「喜びのモチーフ」**が、このパート全体の推進力となっています。

Lauf(進路)」「Grenze(境界)

といった重要な言葉には**メリスマ(1音節に複数音)**が施され、神が秩序を整える力強さと、喜びの感情が強調されています。


A’:時の流れと神の支配

一時的な高まりが収まると、41小節からは再び自然の流れが戻ってきます。

再度「Tag und Nacht(昼と夜)」の対比が繰り返され、神の支配が時を超えて続いていることが静かに示されます。

そして、この穏やかなリズムのまま、曲は閉じられます。

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5. アリア(アルト)
“Durch mächtige Kraft”

Durch mächtige Kraft erhältst du unsre Grenzen;
Hier muß der Friede glänzen,
Wenn Mord und Kriegessturm sich aller Ort erhebt.
Wenn Kron und Zepter bebt,
Hast du das Heil geschafft durch mächtige Kraft!

あなたは偉大な力によって我らの境界を守り、
ここにこそ平和が輝かねばなりません。
殺戮と戦争の嵐があらゆる所で巻き起こるときに。
王冠と笏が揺らぐとき、
あなたは偉大な力により救いを成し遂げられる!

聖書出典:使徒言行録 17:26、歴代誌上 29:11–12(間接的に)

使徒言行録 17:26

口語訳:

「神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、定められた時代とその住まいの境界とを定められた。」

内容のポイント:

「ひとりの人から」=アダムからすべての民族が生まれた。

「定められた時代と境界」=神が歴史や国々の運命を支配しているという明確な宣言。

これはパウロがアテネ(アレオパゴス)で語った、普遍的な神の主権と摂理を説く有名な場面です。

歴代誌上 29:11–12

口語訳:

「主よ、偉大さと力と栄光と栄誉と威光は、あなたのものです。天にあるものも地にあるものも、みなあなたのものです。国もまたあなたのものです。」
「富と誉れはあなたから来、あなたはすべてのものの支配者であり、力と能力はあなたの手にあり、すべてを大きくし強くすることは、あなたの手にあります。」

背景:
  • ダビデ王が神殿建設のための献納を民に呼びかけた場面
  • 神こそが王権の源泉であり、富と力を与える方であることを強調しています。
聖書箇所主題BWV 71 との関係
使徒言行録 17:26神の摂理による国々と時代の定めミュールハウゼン市の新時代が神の導きであるという裏づけ
歴代誌上 29:11–12神こそが支配者・力と富の源新政権の祝賀を「神の威光と力」によって正当化・祝福

楽曲の分析

このアリアは、神の力と新政権の威厳を象徴的に描いています。


A :力強さの象徴

Du mächtige Kraft(偉大な力)」というフレーズが、
神の権威、そして新たな政権の正当性を高らかに歌い上げます。

それに呼応するかのように、トランペットとティンパニ
アルペッジョによるファンファーレで応答し、新政権の強靭さを音楽で演出しています。


B-1:守りと平和

6小節目からはandanteへテンポが落ち着き、
**「守られるべき平和の世」**の理想が語られます。

B-2:混乱と恐怖の描写

歌詞にある
「Wenn Mord und Kriegessturm sich allerort erhebt.
(殺戮と戦争の嵐があらゆる所で巻き起こるときに)」

では、曲はト短調へと転調します。

この同主調への移行によって、
戦争と殺戮の恐怖が表現されます。


10小節目では、
トランペットとティンパニの轟きがまさに
「戦争の嵐が巻き起こる瞬間」を描写しており、
視覚的なイメージを喚起させる劇的な音響表現となっています。

B-3:希望への回帰

混乱と恐怖の描写が一段落すると、
曲は再びandanteに戻り、ト長調で穏やかに進みます。

次の歌詞„Wenn Kron und Zepter bebt“ 「王冠と笏が揺らぐとき」について

Kron(王冠)=君主の地位・支配の象徴

Zepter(笏/セプター)=君主が実際に統治・命令する権力そのものの象徴

つまりこの句:

„Wenn Kron und Zepter bebt“
「王冠と笏が揺らぐとき」

は、「君主の地位とその支配力が動揺するとき」という意味になります。

B-3:創造の力が音に宿る

geschafft(生み出された)」という言葉は、
喜びの音形とともに、約オクターヴを駆け上がる旋律で力強く歌われます。
創造の偉業と喜びの爆発が感じられる場面となっています。


A’:壮麗なる再現と勝利の響き

再び冒頭の素材が戻ってくるA’セクションでは、
トランペットのアルペッジョによる祝祭的なファンファーレが、
以前よりもより長く、華やかに展開されます。

**豊かで重厚な響き**が全体を包み込み、
神あるいは新政権の強大な権威と力を余すことなく表現しています。

音楽はそのまま堂々としたカデンツへと導かれ、
確固たる支配と栄光の時代の到来を告げて締めくくられます。

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6. 合唱
“Du wollest dem Feinde nicht geben die Seele deiner Turteltauben.”

Du wollest dem Feinde nicht geben die Seele deiner Turteltauben.

あなたの山鳩の命を、敵の手に渡さないでください。

聖書出典:詩篇 74:19

詩篇 74:19

代表的な日本語訳(新共同訳):

あなたの山鳩のいのちを猛獣に渡さず、貧しい人々のいのちをとこしえに忘れないでください。


主語・文脈

この詩篇は、「アサフによるマスキール(訓戒の詩)」で、
バビロン捕囚前後、神殿が荒廃し、民が迫害を受けていた状況を背景にした嘆願です。


「あなたの山鳩のいのちを…」とは?

あなたの山鳩(tor)」は、神の民(イスラエル)を象徴しています。

山鳩は旧約聖書で柔和で無防備な存在とされ、しばしば「犠牲としてささげられる動物」でもあります(レビ記 5:7 など)。

ここでは、弱く小さな存在=神の民のたとえです。

猛獣(חיה)」は、外敵や神を信じない者たち、圧政者の象徴。

つまり、「山鳩を猛獣に渡すな」とは:

❝どうか、あなたの愛する民を敵の手に渡さないでください❞
という切実な祈りです。


後半:「貧しい人々のいのちをとこしえに忘れないで」

貧しい人々(עֲנִיֶּיךָ)」も、神により頼む者たちの象徴。

忘れないで(אַל־תִּשְׁכַּח)」という動詞は旧約でしばしば「神の慈しみ・契約を記憶していること」の対義語。

この後半は:

❝神よ、虐げられている者たちを永遠に見捨てないでください❞
という神への信頼をこめた訴えです。


まとめ

表現意味
山鳩神の民の象徴、無防備で従順な存在
猛獣外敵、暴力的な圧政の象徴
貧しい人々社会的弱者、信仰に生きる者たち
忘れないで神の慈しみ・契約を保ってください、という願い

この詩篇74:19は、苦難の中でも神の保護を信じる祈りの象徴的な節です。

楽曲の分析

この曲は、切実な祈りを音楽で体現するために、バッハが選んだ調性はハ短調です(譜面上はフラット2つのト短調調号ですが、短調の表記にドリア旋法を用いるという当時の習慣に従ったものと考えられます)。


静謐なる祈りの響き

楽曲冒頭から祈るような静けさが漂います。
ヴィオローネとオルガンによるスタッカート(ピッツィカート)の低音は、「時を刻むように」鳴らされ、この短い刻みが31小節まで音楽を支え続けます。

当時としては新しい楽器であったと思われるチェロとファゴットがオブリガート的に細やかな動きを担当することも注目すべき点です。
チェロはレガートの16分音符の連続、ファゴットはゆっくりな「喜びのモチーフ」を奏します。


言葉と音の一致:祈りの強調

オーボエとリコーダーが、ソプラノが歌う「Du wollest〜してください」の音形を先取りして奏で、合唱と器楽の一体感が生まれます。

とくに、「nicht(〜しないで)」の否定語が歌われる際には、高音や装飾音がつけられており、祈りの強調と緊迫感が表現されています。

また、随所で使用されるナポリの6の和音は、**懇願のアッフェット(情緒)**を深める役割を果たしています。


音楽的クライマックスと祈りの収束

**弦楽器は基本的に声楽と同じ旋律(コッラ・パルテ)**を演奏しながら、
オーボエやリコーダーが合いの手やTuttiでテーマを繰り返し、曲に厚みを与えます。

とりわけ、**25〜32小節の「die Seele deiner Turteltauben(あなたの山鳩の魂)」**のフレーズは、それまでの2倍以上の長さで歌詞が引き延ばされ、**メリスマ**が登場し、音楽的な盛り上がりは頂点に達します


その大きなカデンツの後、曲はコーダ(結尾部)へと進み、再び静寂と祈りの空気が戻ってきます。
合唱による印象的なユニゾン
が、まるで皆の心がひとつになって最後の祈りを捧げているかのように響き渡ります。

さらに、34小節からは弦楽器がユニゾンで冒頭のチェロの音形を再現し、リコーダーがその反行形(上下反転)で応えます

最後は**木管アンサンブル(リコーダーとオーボエ)**によって、穏やかに、しかし深く心に残るように終曲を迎えます

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7. 合唱(終曲)
“Das neue Regiment”

Das neue Regiment
Auf jeglichen Wegen
Bekröne mit Segen!
Friede, Ruh und Wohlergehen,
Müsse stets zur Seite stehen
Dem neuen Regiment.

Glück, Heil und großer Sieg
Muss täglich von neuen
Dich, Joseph, erfreuen,
Daß an allen Ort und Landen
Ganz beständig sei vorhanden
Glück, Heil und großer Sieg!


新たな政(まつりごと)に、
あらゆる道に
祝福を冠せよ!
平和と安寧と繁栄が
常にそのそばにあれ。

幸福と救いと大いなる勝利が、
日々新たにあなた、
ヨーゼフ(市長/王)を喜ばせ、
すべての地と場所において、
常にそして永久に、
その幸いと救いと勝利があり続けますように!

聖書出典:詩篇 21:6、詩篇 72(王の祝福に関する)

詩篇 21:6 の解説

原文(新共同訳):

あなたは彼を、とこしえの祝福としてお与えになり、み顔の喜びをもって彼を楽しませられます。

解説:

この詩は王の勝利と神の加護をたたえる「王の感謝の歌」で、ダビデ王をはじめとする神の任じた王が、神から受ける祝福を称えます。

とこしえの祝福」:一時的な成功ではなく、永続的な神の恩寵

み顔の喜び」:神の御顔は、旧約では神の臨在(プレゼンス)を意味し、「神と顔を合わせること」は親しい交わり・恵みの象徴です。

つまりこの節は:

神から永遠の祝福を与えられ、神との喜びに満ちた関係の中で生かされる王の姿を描いています。


詩篇 72 の解説(王の祝福と理想像)
全体のテーマ:

理想の王による支配と祝福された統治
この詩は「ソロモンのための詩」とありますが、単なる個人ではなく、**メシア的王(神に従う理想の王)**のあり方を描く内容です。


代表的な節と意味:
詩篇 72:1

神よ、あなたの裁きを王に与え、あなたの恵みを王の子にお与えください。

→ 王が神の正義によって治めることを願う祈り。

詩篇 72:4

虐げられている民のために正義を行い、貧しい人の子らを救い、しいたげる者を打ち砕きますように。

→ 真の王は弱者を守る義の統治者であるべき、という理想像。

詩篇 72:7

彼の治世の下で正義が花開き、平和が豊かにありますように。

→ メシア的支配=シャローム(平和と調和)の実現

詩篇 72:17

彼の名がとこしえに続き、太陽のある限り、その名が及びますように。人々が彼によって祝福され、すべての国が彼を幸いな者とたたえますように。

→ 王の名が永遠に続き、全世界に影響を与える祝福の源となる。


新約・メシア的理解:

詩篇72は後にキリスト(メシア)による平和の王国の預言的描写として読まれるようになり、バッハなどの教会音楽でも**「神の国」や「救い主の支配」**の象徴として扱われます。

詩篇21や72に描かれた「神に従う王(あるいは統治者)」の理想像と、

現実の都市統治の祝福が重ね合わされており、

「王政」→「市民統治」へと移行しつつも、神の支配のもとにあるという思想が根底にあります。


まとめ表
意味関連テーマ
詩篇 21:6神が王を永遠に祝福し、喜びを与える神の臨在、祝福、喜び
詩篇 72 全体理想的な王が正義と平和をもたらすメシア的王、社会正義、平和

楽曲の分析

この曲は、ミュールハウゼン市の新政権(市参事会の新体制)を祝福する終曲にふさわしい、華やかで意義深い音楽です。


器楽による導入と祝福の始まり

冒頭の「Arioso(アリオーソ)」と記された導入部分では、
器楽が「Das neue Regiment(その新しい政権)」の主題を演奏し、その後すぐにソリストの呼びかけへとつながります。定冠詞「Das」の使用からも分かるように、特定の政権を指しており、それが2回繰り返されるとすぐに拍子が3/2**に変わります。


「Auf jeglichen Wegen / Bekröne mit Segen!(すべての道に祝福を冠せよ)」の歌詞では、
ソリストが溌剌とした声で明るく祝福の意を表します。


andante のセクション

次のセクションではテンポがandanteに変わり、オルガンのグラウンドバスが全体を支えます。
この andante は、現代的な「ゆったりと歩くように」という意味ではなく、**イタリア語本来の「andare=進む」**という意味に基づいた、
前向きで推進力のあるテンポが適切と思われます。

ソリストたちは「平和・安寧・繁栄」を願いながら歌い、器楽はそれに呼応して合いの手を入れます。


vivace セクション:勝利のファンファーレ

30小節からのオルガン右手のオブリガートに導かれ、カデンツを経てvivace セクションが始まります。
ここでようやくトランペットとティンパニが登場して勝利のファンファーレを高らかに奏でます。

通奏低音は16分音符の快活な下降音階で流れをつくり、合唱はTuttiで華やかな勝利の合唱を展開します。

この部分は短く38小節でクライマックスを迎え、再び拍子が3/2 allegroへと変わります。


再構築からフィナーレへ

頂点を迎えた音楽は一度静まります。オルガンとソリストの簡素な編成から再び構築されていき、
3/2 allegroの舞曲的リズムが終曲へと導いていきます。

この部分は対位法的に書かれており、「階梯導入」によって徐々に音楽は高揚感と祝祭感を帯びてきます。

ここで歌われる「Joseph(ヨーゼフ)」は、神聖ローマ皇帝を意味しており、
ミュールハウゼン市が帝国直属の都市であったことを背景に持ちます。

56小節からオーボエとヴァイオリンが加わり、その後各楽器が順に参加していきます。
65小節のアウフタクトからソリスト→合唱となり、一気に声楽が厚みを帯びていきます。


高揚する終盤

トランペットとティンパニによるテーマ提示で音楽はピークを迎え、
その後3小節の後奏を経て、拍子は4/4へと移行します。

ここでは先ほどのandanteよりやや速いテンポが適していると考え、高揚感を保ちながら進行します


テノールソロによる「beständig(不動の・常に)」のロングトーンは、
屈強で安定した新政権を象徴するような堂々たる表現です。

96小節からは速度指定がないものの、vivace として演奏します。
再び合唱が加わって歓喜に満ちた最終局面を迎えます。

金管楽器によるファンファーレが響き渡り、101小節の大カデンツで終わるかと思いきや、、、

最後には「Glück, Heil(幸福と救い)」の音形(ソ・ド)
トランペット→弦楽器→オーボエ→リコーダーと順に奏されて曲が閉じられます。

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この記事は 圓谷俊貴 によって執筆されました。

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